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福岡高等裁判所 昭和39年(行ス)4号 決定

抗告人(被申立人) 牛深市長

相手方(申立人) 馬場徳松

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告理由は別紙記載のとおりである。

行政処分の効力の停止は公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき又は本案について理由がないとみえるときはすることができないことは行政事件訴訟法第二五条第三項の規定するところである。よつて之を本件につき見るに本件行政処分の効力の停止が公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれのあることは抗告人においても主張しないところであり且つ之を認むべき何等の資料もなく又本件本案についてその理由の有無につき一件記録に顕れた一切の資料を精査するもその理由がないとみえるとは断定し難いからこの点の抗告人の抗告理由は採用することができない。

次に本件行政処分の執行に因り生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があることは原決定の説示するとおりであつて被処分者たる馬場徳松が県自治労より本件問題解決迄救援せらる事実があるとしても右緊急性が阻却せらるものとは考えられず、また右被処分者が失業保険法第二〇条の二及び牛深市退職手当支給条例第一〇条により二七〇日間日額八六〇円を支給せられることは抗告人提出の疏第一一号証の一、二、第一三号証により疏明せられるけれども右金額は被処分者が処分の効力停止により受くべき本俸其の他の手当一月合計金三六六六〇円(甲第六号証により疏明せられる。)に比し少額に失し、之により前記緊急性が阻却せられるものとは考えられず、其の間右被処分者において再就職の可能性ありと断定する資料もないから、いづれの点よりするも抗告人のこの点に関する抗告理由も失当といわねばならない。

よつて、原決定にはこれを取消すべき何等のかしもないから、本件抗告を理由なしとして棄却することとし、抗告費用の負担につき民事訴訟法第九五条本文、第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 高次三吉 木本楢雄 松田富士也)

(別紙)

抗告の理由

第一、本件免職処分の適法性(相手方の本案について理由がないと見えること)並びに回復の困難な損害を避けるための緊急の必要性の不存在については、抗告人の昭和三九年三月一六日付意見書に詳細記述したところであるので、左記に一、二の主張を追加する外これを援用する。

しかるに、原決定は、本案についての理由の有無については殆んど触れるところなく「被申立人は、本案について理由がない旨主張するけれども、本件の本案訴訟における申立人の主張が、他に審理をまつまでもなく本件の疏明資料のみによつて既に理由がないとも考えられないので、処分の違法に対する判断はこゝでは一応措くこととし、執行停止の積極的要件である処分により生ずる回復の困難な損害を避けるための緊急の必要性について考えてみよう。……」と述べ、相手方の家庭の状況、生活環境、収入状況、自治労の救援等について判断した上、緊急の必要性を認めたものである。

しかしながら、右原決定は行政事件訴訟法第二五条、同法第三〇条等の解釈並びに事実の認定を誤つたものである。

左記にその理由を陳述する。

一、執行停止と本案についての理由の有無について。

執行の停止は、原告(申立人)が本案において勝訴した場合の実効を確保するため、本案判決に至るまでの暫定的、保全的処分であるから、原告(申立人)側に勝訴の見込があることが必要である。従つて、従来から学説、判例ともに明文の規定がなかつたに拘らず、本案について理由があるとみえることを必要と解していた。行政事件訴訟法は右の法理を明確にしたが、これを積極的要件としないで、本案について理由がないとみえることを消極的要件と規定した。

しかし、右の法理にいささかも変更を来したものではないので、同法第二五条第三項後段の解釈は、本案について理由がないとみえるときは、いかに緊急の必要性があつても裁判所は裁量の余地なく執行停止ができないことを規定したに止まり、その反対解釈として、本案について理由があるときは勿論のこと、本案についての理由の有無がどちらとも判断できないときでも、たやすく執行停止を許す法意でないことは明白である。

しかるに、原決定は「……本件の疏明資料のみによつて、既に理由がないとも考えられないので……」と述べ、本案についての理由の有無について判断しないまゝ執行の停止を命じたのは前記法条の解釈を誤つたものである。

二、仮に、原決定の前記法条に対する解釈が正当であつたとしても、本件は本案について理由がないとみえる場合である。

(1) 免職処分は任命権者の自由裁量処分である。従つて、同法第三〇条によつて裁量権の範囲を越え、又はその濫用があつた場合に限り、裁判所が取消すことができるわけである。

思うに、公務員のどのような非違或は義務違反に対しどのような懲戒処分を行うかは、その服務を監督し、公務員関係の秩序の維持について責任を有する任命権者がもつともよく知り、且つ、適切な処置をなしうるところであるからである。

従つて、このような懲戒処分については、その処分事実となつた非違が全く無実無根であるとか、或は、社会通念上全くとるに足らないものであるとかいう場合を除き、裁判所は行政庁の処分を尊重すべきものである。

すなわち、行政庁の裁量処分については、特に強度の適法推定をうけるというべきである。

(2) しかして、本件の処分事実は前記意見書に詳細記述したとおり、宿泊料の不正請求並びに受領であつて、右の事実は疏乙第三、四、七、八号証等によつて明らかである。相手方は、一応その事実は争つているが、その他の主張疏明資料を熟読すれば外形事実を認めつゝ自己の行為の正当性について種々弁解していることが明白である。

しかも、その弁解が、弁解のための弁解であつて、理由のないことについては前記意見書記載のとおりである。

特に、相手方が前に類似の事件で減給二ケ月に処せられていること(疏乙第五、六号証)を思えば、本件処分が相当であることはたやすく首肯できるところである。

相手方は、前の減給二ケ月の処分事実をも争つているが、処分後二年有余ケ月の間争おうとはしないで、現在これを争つているのは、前の事実を認めれば、今度の事件において免職になるのもやむを得ないと考えているからに外ならないものであろう。

そうだとすれば、本件の場合は全く本案について理由のない場合である。

因みに、本件発覚の端緒となつたセメント横流しの風評は事実となつたので(疏乙第九、一〇号証)、抗告人は相手方を告訴し(疏乙第一四号証)、現在捜査中である。

二、回復の困難な損害を避けるための緊急の必要性について。

相手方の家族の状況、妻の職業並びに収入は相手方主張のとおりであるが、県自治労の救援は本件問題解決まで続けられるものであり(疏乙第一二号証)、また、相手方は失業保険法第二〇条の二及び牛深市退職手当支給条例第一〇条の規定(疏乙第一一号証の一、二、第一三号証)により、二七〇日間日額八六〇円計二三二、二〇〇円を支給されることになつているので、差迫つた生活の脅威はない筈であり、働く意志さえあれば、右九ヶ月の間に再就職も可能であると思料される。

よつて、回復の困難な損害を避けるための緊急の必要もないものである。

以上

原審決定の主文および理由

主文

被申立人が申立人に対して昭和三九年一月三一日付でなした牛深市事務吏員の職を免ずる処分の効力はこれを停止する。

理由

一、申立人の申立の理由の要旨は次のとおりである。

(一)、申立人は牛深市事務吏員の地位にあるものであり、被申立人は牛深市長として申立人を含む牛深市職員の任命権者である。

(二)、被申立人は申立人に対し、昭和三九年一月三一日付で地方公務員法第二九条第一項第一号および第三号の規定により牛深市事務吏員の職を免ずる旨の処分をなした。

その処分の理由は、申立人が公金私用事件により昭和三五年一二月一日から二カ月間減給処分を受けたにもかかわらず、なお反省をせず、太田浦越線道路新設改良工事の現場監督員として、昭和三八年三月一八日から同年五月一〇日までおよび同年同月一二日から同年八月三日までの一三八日間、牛深市魚貫町池田地区に駐在を命ぜられ勤務中、当該地区に宿泊せず帰宅した日についても宿泊料を請求したというようである。

(三)、しかしながら、被申立人の申立人に対する右処分は次のような理由により違法の処分であつて取消さるべきものである。

すなわち、申立人は被申立人主張の期間駐在地区に宿泊せず帰宅したような事実はない。

仮に、右期間内に申立人が自宅に宿泊し、自宅宿泊の日の分につき宿泊料を請求した事実があつたとしても、被申立人の申立人に対する宿泊料と申立人の宿泊所に対する宿泊料はいずれも工事期間中月決めでなされていたもので、申立人には何等非違はない。

仮に、宿泊料が月決めでなく申立人に非違ありとしても、それは申立人が月二回業務の状況報告のため市役所へ赴いた際牛深市の自宅に宿泊したもので、家族と離れて現地に宿泊している以上、そのようなことは人間とし許さるべき事柄であり、その事実を理由として地方公務員法第二九条により懲戒免職という極めて苛酷な処分に付したことは全く処分権を濫用したもので、本件処分は違法である。

(四)、被申立人が申立人に対し右のような違法な処分をなした理由は別にある。

すなわち、昭和三七年六月二二日牛深市長選挙が行われ、当時市長であつた被申立人が現職で立候補し、申立人は同年四月から六月まで三、四回にわたり市長室で申立外長田総務課長から被申立人の選挙運動をするよう強く要請されたがこれを拒否し、そのようなことから被申立人の反対派と目されるに至つたが、右市長選挙において不正な行為が介在することが問題となり、不服審査申立を経て現に当選無効の訴が福岡高等裁判所に係属し、申立人は昭和三八年一二月一四日右事件の証人として自己の体験した事実を正直に証言したところ、その証言が被申立人に極めて不利なものであつたため、被申立人は申立人に対し報復的に本件免職処分をなしたものである。

(五)、ところで、申立人は、市職員としての収入によつてのみその家族四人の生計を辛うじて支えて来たものであり、本件免職処分によつて申立人一家の生計は重大な危機にさらされているので、昭和三九年二月二一日右免職処分取消の訴を提起したが、その判決の確定をまつにおいては回復の困難な損害を蒙るので、これを避けるため右処分の効力の停止を求める。

二、被申立人は、本件処分の事由を詳細に述べ、処分が適法かつ妥当のものであり、なんらの瑕疵を有せず、申立人の本案について理由がない旨、および申立人の生活ならびに裁判についてはすべて自治労が面倒をみており、申立人が生活上危機にさらされているとは考えられず、また申立人は土地家屋調査士の資格を有しているのであるから、意思さえあればその方の仕事を行うことも容易であつて、申立人には回復の困難な損害を避けるための緊急性が存在しない旨意見を述べた。

三、被申立人が申立人に対し昭和三九年一月三一日付で地方公務員法第二九条第一項第一号および第三号の規定により牛深市事務吏員の職を免ずる旨の処分をしたことは疏甲第一号証により明らかである。

申立人は右処分が違法であり取消さるべきものであると主張し、被申立人はその適法かつ妥当であることを縷述し、申立人の本案について理由がない旨主張するけれども、本件の本案訴訟における申立人の主張が、他に審理をまつまでもなく本件の疏明資料のみによつて既に理由がないとも考えられないので、処分の違法に対する判断はここでは一応措くこととし、執行停止の積極的要件である処分により生ずる回復の困難な損害を避けるための緊急の必要性について考えてみよう。

疏甲第四号証、同第八号証、同第一七号証、同第一九号証ないし第二三号証によれば、申立人方は妻、一六才の長女、一〇才の長男および三才の二男の五人家族からなり、長女は高校一年生、長男は小学校五年生であつて、本件処分後は妻のみが保育園に勤務し、一カ月金五、六〇〇円程度の収入を得ているに過ぎず、しかもその保育園は市から補助金の交付を受けている関係で勤めづらく、また本件免職処分が懲戒免職であることから退職金等の支給もないので、妻の兄からの再度にわたる金借や市役所職員らのカンパによる生活援助資金二万円によりかろうじて現在まで生計を維持しているような状態であること、被申立人主張の自治労による救援も、同労組の救援は組合機関の決定による労働運動に基く免職処分を受けた場合に限られているので、申立人はその救援を受けることができない場合であるにも拘らず、同人の窮状をみかねた自治労天草地区支部が資金カンパを行つてなしたものであり、その資金にも限りのあること、および申立人の土地家屋調査士の資格も、その資格者が公務員であつて懲戒免職処分を受けた場合その処分の日から二ヵ年間その資格を有せず、登録の取消を受けることが窺われる。

そして、これらの疏明事実によれば、本件処分により申立人につき回復の困難な損害を避けるため緊急の必要のある場合に該当するものと一応認められるから、申立人の申立を理由ありと認めて、主文のとおり決定する。(昭和三九年六月一三日 熊本地方裁判所決定)

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